みやまクロニクル

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人生迷子の20代女が自由を求めてゆるく書く雑記

春になるというのに言い訳ばかり

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こんにちは、みやまです。

あっという間に3月も終わりを迎えようとしています。日差しも柔らかく暖かくなって、ニュースのお天気コーナーでは桜の開花具合が連日伝えられてみんな春を待ちわびているような、そんな今日このごろです。

 

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花冷え

春が近づいているとはいえ、まだ風が冷たくて日陰は寒く感じます。この桜が咲く頃の寒の戻りを花冷えというらしいのですが、まさにその通りといったところ。最高気温が15℃に届かないとまだ春ではないのか…と布団に潜りたくなります。冬眠からまだ覚めたくない。

 

冬のせい

こんな感じで寒さが苦手すぎるので何もかも冬のせいにしています。体調がすぐれないのも、気分の波の乱高下も、ひきこもりがちなのも全部寒い冬のせい。そうやってやらなきゃいけないことから目を背けて逃げまくっています。

 

花粉のせい

真冬から春へ少しずつ近づいていくと今度は花粉のせいにして、考えることから目を背ける。実際、くしゃみ鼻水目のかゆみで顔はぐしゃぐしゃになるし、花粉に殺されるような切迫感があったので何もできませんでした。

 

新生活の足音

いっぱい言い訳したところで、黙ってても時間は過ぎるし日が暮れて朝になるし季節も変わっていくのは止められないんですよね。テレビで卒業式のニュースや新生活特集を見るたびに、ああ、もうすぐ4月なのか、年度が変わるのか、なんてじわじわ首を絞められるように実感させられます。

 

 

去年の今頃

ちょうど1年前は就職のために実家から引っ越しをして、4月の入社式や研修の日を待っているような日々でした。もう1年経つのかと思うと軽くショックですね。この1年間は一体何だったんだろう?

ストレスフルな業務内容に同期は次々とやめていき、人手不足の波を受けて入社4ヶ月でそこそこ規模の大きい拠点をスタッフ1人でまわすという明らかなキャパオーバーを課された結果、心が折れて休職を挟んで退職。それから何もできずにただ食べて寝てたまにブログ書く毎日。日に日に外で働くことへの意欲を失っていってて、何というか、ゆるやかに人間として衰退していってる感じです。

 

春になれば

冬の間には、春になったら心も体も持ち直してくるだろうと思っていたけど、そんな簡単なものではないですね。死にたいとかじゃなくて、消えたい、粉々に砕け散って粒子になりたい、みたいな淡い消滅願望?がずっと心にありました。

ストレス性障害の症状がひどかった時に比べてかなりまともに生活してるし精神的にもフラットにはなっていますが、あの頃よりも「寝たらこのまま一生眠りから覚めないでほしい」とか「新しい朝がやってきてしまった」というような、違ったベクトルのつらさ。

春先は精神的に不安定になりやすい季節だそうで、twitterでは、自殺するな、なんとかこらえろ、みたいなツイートをよく見かけました。「死にたい」にはならなくても、やっぱり心がざわつくのは季節のせいなのか、ってやっぱりここでも言い訳を見つけて自分から目を背ける。

 

解決策はわかってる

じゃあこの現状を打破するために必要なのは何なのかということですが、そんなことはもうとっくにわかっているのです。

金です。

お金で買えないものもあるといいますが、世の中の大抵のことはお金で解決できます。お金を得るためには働かなければなりません。正社員なのか派遣なのかバイトなのか、はたまた違った労働の形なのか。

ブログで収入を得て、冬春は暖かい南の島で暮らし、細々としてても自由に生きていきたい、みたいなぼんやりとした青写真を思い浮かべては現実に戻されるのを繰り返しています。この理想を延々並べるだけでも記事1本書けそうなのであたためておこう。

 

おわりに

傍から見たら生きてるのか死んでるのかわからないような生活をしてても、インターネットがあるから救われているようなもんです。少なくともつたない文章を書いてインターネットの大海原に放り出す行為、つまりブログを書くことは何かしらプラスになっているので今後もしがみついていこうと思っています。

 

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